性別:男
大学卒業後、アフラック生命保険での保険営業を経て、(マンションデベロッパー)にてマンション営業、 マンション営業企画に携わった。
その後、独立系FP事務所を経て、2008年8月より独立し、現在、自社の代表を務めながら文才を活かし金融系ライターとして活躍の幅を広げている。
山あり谷あり!前田利家の華麗なる(?)お金に纏わるエピソード
2014.08.15
TOP > ライターNと仲良く付き合う方法 > 山あり谷あり!前田利家の華麗なる(?)お金に纏わるエピソード
加賀100万石の祖と言えばご存じ前田利家。さて利家は相当な倹約家であったと伝えられておりまして、100万石もの石高を得た後も利家は家の決済を自ら行っていたと言います。
今回は妻の松(まつ)と共に築き上げた加賀百万石まで、山あり谷ありだった戦国大名・前田利家のお金にまつわるエピソードを紹介してゆきましょう。
出世街道からまさかの転落
今では倹約家で知られる前田利家ですが、それ以前は骨の髄まで武一辺倒の若者でありました。利家は<槍の又左>のあだ名を取るほどの槍の名手でその腕で数々の武功を挙げ、織田家の側近部隊・赤母衣衆の筆頭に任ぜられた歴戦の武士だったのですが、主君・織田信長の機嫌を損ねて出世頭から一転浪人となり質素な生活を余儀なくされたのであります。しかしこの利家、実に性根たくましい男で名声を無くした後も、自らそろばんを取り家の財政を取り仕切りました。
こうして利家は後世に名を残すほどの倹約家としての道を歩み始めるのでございます。
こうして利家は後世に名を残すほどの倹約家としての道を歩み始めるのでございます。
倹約しすぎて戦できず!?愛妻・松、ブチ切れる
信長家臣時代からライバルであった佐々成政との戦が迫っていた時のことでございます。戦をするには兵が必要、しかし前田家には戦をするほどの兵の備えがありませんでした。なんと利家は費用削減に励むあまりに、家臣でさえ極力雇わないようにしていたのです。正室の松がこうなる前に利家にさんざん貯めた銭で家臣を集めておけと忠言していたというのに 利家の方はせっせと財を貯めこむのに夢中なのでした。命が危ういこの時まで度が過ぎた倹約をやめなかった利家に、とうとう堪忍袋の緒が切れた松。
「あなたが貯めた銭に武器を持たせて戦に連れて行ったら!?」
と今まで貯めた銭の入った櫃と利家をまとめて邸からぽいと放り出したそうな。 しかし奥方の雷が落ちても利家の銭を貯めこむクセはなりを潜めることはありませんでした。利家の倹約に対する執念はこれしきでは折れぬほどのものとなっていました。
「あなたが貯めた銭に武器を持たせて戦に連れて行ったら!?」
と今まで貯めた銭の入った櫃と利家をまとめて邸からぽいと放り出したそうな。 しかし奥方の雷が落ちても利家の銭を貯めこむクセはなりを潜めることはありませんでした。利家の倹約に対する執念はこれしきでは折れぬほどのものとなっていました。
勘定魂よ、永遠に
利家の勘定にかける熱は筋金入りでございました。なんと死の淵から起き上がって己の勘定を済ませてから亡くなったと言うのです。
太閤・秀吉が往生し、天下取りに向けて動き出した家康を牽制できる最後の砦であった利家でしたが寄る年波には勝てぬもの。天下人2人を支え加賀100万石の所領を得た利家にも、ついに最期の時が迫ろうとしていたのであります。床に着く利家はいつあの世へ旅立ってもおかしくは無い状態でした。もはや回復の兆しもなく三途の川を渡り終えたと思われたその時、利家は急に床の中から起き上がり傍にいた正室の松に
「このままおれが死んだら遺産を巡ってお家騒動が起きるだろう。身内同士の争いで家を潰さないためにも、遺産の勘定を全部終わらせるから書類を今すぐ持ってこい」
と言いつけたのでございます。
準備が出来るや否やほんのさっきまで死にかけだったのが、まるで元気だった時のように怒涛の勢いで利家はお家の決済をしてゆき、すべての書類を誂えた後やっと安心して再びあの世へ旅立ったのだそうです。
太閤・秀吉が往生し、天下取りに向けて動き出した家康を牽制できる最後の砦であった利家でしたが寄る年波には勝てぬもの。天下人2人を支え加賀100万石の所領を得た利家にも、ついに最期の時が迫ろうとしていたのであります。床に着く利家はいつあの世へ旅立ってもおかしくは無い状態でした。もはや回復の兆しもなく三途の川を渡り終えたと思われたその時、利家は急に床の中から起き上がり傍にいた正室の松に
「このままおれが死んだら遺産を巡ってお家騒動が起きるだろう。身内同士の争いで家を潰さないためにも、遺産の勘定を全部終わらせるから書類を今すぐ持ってこい」
と言いつけたのでございます。
準備が出来るや否やほんのさっきまで死にかけだったのが、まるで元気だった時のように怒涛の勢いで利家はお家の決済をしてゆき、すべての書類を誂えた後やっと安心して再びあの世へ旅立ったのだそうです。
裕福も貧乏も両方味わった人生
お金の管理に関してここまでの逸話を作りだす前田利家は、まさに倹約家の鏡!平成のカリスマ主婦も真っ青ですね。信長に蟄居を命じられた浪人時代にお金で苦労した事でお金の大切さがよっぽど骨身に沁みたのでしょうか。
しかし信長・秀吉の死後に起こった(天下を割るレベルの)お家騒動を見ていたために、残された家族のことを心配するのは無理のないことだったと思います。ちなみに利家が死に際に立ち会った息子・利長に遺した遺品はなんと<そろばん>であったそうな(当時としてはパソコン並に便利な道具だった)もうどれだけええ!?とは言えお家のため自分自身の勘定を済ませるべく死の淵から這い上がってきたこの勘定魂、ここまで来れば天晴れであると言わざるを得ないでしょう。
しかし信長・秀吉の死後に起こった(天下を割るレベルの)お家騒動を見ていたために、残された家族のことを心配するのは無理のないことだったと思います。ちなみに利家が死に際に立ち会った息子・利長に遺した遺品はなんと<そろばん>であったそうな(当時としてはパソコン並に便利な道具だった)もうどれだけええ!?とは言えお家のため自分自身の勘定を済ませるべく死の淵から這い上がってきたこの勘定魂、ここまで来れば天晴れであると言わざるを得ないでしょう。
この記事を書いた人
中村祐公認会計士、AFP
こちらも一緒に読まれてます!
みんながアクセスしているキャッシングはこちら